ARMORDE CORE 蒼紅の月
「ふぅ、後は実際に動かしてみてですね……」
修理の完了した二つの機体を前にして佐祐理は満足げにそれを見上げる。
一つは祐一の機体、もう一つは佐祐理自身の機体だ。
「それにしても、まさかここまで修理に時間がかかるとは思いませんでしたね」
損傷した自分の機体の修理期間を思いだし佐祐理は苦笑する。しかし、表情はそれでも嬉しげであった。
第二話 手紙
「なかなか、良い感じだな」
スロットルをゆっくりと開いていき、機体の性能を肌で感じ取る。
あまりじゃじゃ馬と言った感じの機体ではないが、素直な機体に仕上がっていると言える。しかし、それは祐一レベルの乗者にとっては物足りなさでしかないが……
「脚部反応値……良し。バランス……+0.3」
『慣らしですから、あまり激しく動かさないでくださいね』
各部を駆動させ、設定値を調整をしていた祐一に佐祐理さんからの通信が入る。
「了解です」
障害物を回避し、地上を駆けに抜ける。スロットルを一気に全開まで開く。
「(スロットルの反応値が遅いな)」
『それじゃ、模擬戦始めても良いですか?』
「ちょっと待ってください」
佐祐理の言葉に手元の計器に目を落とす。
微妙に遅れを感じるスロットルの調整だ。
「スロットル反応値……+1.96……良し、始めてください」
『敵機ワルキュリアです……香里さん、準備は良いですか?』
『何時でも行けるわ』
『それでは模擬戦を始めます。3、2、1、ゴー!!』
模擬戦――模擬戦闘。実弾の代わりに赤外線を用いた戦闘である。
ミサイル攻撃および接近戦が行えないと言う欠点はあるが、何より安全で機体の慣らしには丁度良く実弾を用いない戦闘シュミレーションの中では一番実戦に近い。
「相手は香里か……」
ジェネレーター出力をタクティカルレベルまで押し上げ、祐一は一気に機体を加速させた。
「進行状況は?」
オペレーターに隼人は声をかけた。
「ハッ、各部署への通達は終了。後は実行日が――クリムゾンが現われるのを待つのみです」
「そうか……決行は2週間後。それに合わせてKanonに出場要請、クリムゾンへ情報の流布だ」
「ハッ」
クリムゾン――アマテラスを狙う紅いACに付けられたコードネームである。
もちろんそれはアルバート=ハーヴィーの機体、クリムゾンムーンを指している。これ以上ないほど合ったコードネームと言えるだろう。
「ゲイツとジャックスは?」
「現在地下格納庫にて機体の調整中です」
『何時でも出られる』
隼人とオペレータの会話が聞こえていたのか、ゲイツからの通信が入る。
「ふ、慌てるな。結構はまだ2週間も先だ。それにクリムゾンが現われるまでは待機だからな。今からそれじゃ持たんぞ?」
『血が騒ぐのさ』
「良い機体に仕上がったみたいね」
模擬戦を終え、休憩室でコーヒーを飲んでいた祐一に香里の声がかかる。
「そうだな、良いレベルで仕上がっている。ま、欲を言うとしたらもうちょっとじゃじゃ馬な方が」
「Sランクレイヴンがじゃじゃ馬に感じるようなACなんて、そう簡単には作れないわよ」
祐一の言葉に香里は苦笑を浮かべる。
「ま、そうだな。さてと、それじゃもう一回、気になった部分の調整をしなおしてくるか」
空き缶をくずかごに投げこみ、席を立つ。
そして格納庫に行こうと扉に手をかけ――
ガチャ
「祐一さん、居ますか〜?」
――ようとした、瞬間扉が開いた。
「し、栞? お前俺に何か恨みでもあるのか!?」
きわどい所で扉を回避した祐一は、その扉を開けた人物に食って掛かる。
「秋子さんが呼んでましたよ〜」
祐一の言葉を無視して栞は用件を伝える。
そんな栞の反応に祐一はちょっと凹んだ。
「……んで、何の用か聞いてるか?」
「いいえ、私は何も聞いてません」
「ま、行ってみればわかるか」
気を取りなおして、祐一はドアに手をかける。
「あ、そだ。香里」
何か言い忘れていたのか、扉に手をかけたまま祐一が香里に声を駆ける。
「なに?」
「機体の反応値、全体的に0.2ほど早めて置いてくれないか?」
「お安いご用よ」
「サンキュ」
香里の答えを待って、祐一は部屋を後にした。
「こんなに早い反応値で扱えるものなの!?」
作業をするため、機体設定を立ち上げた香里は驚いた。
反応値――文字どおり、操作に対する反応の鋭さである。
祐一の機体のそれは異常な程高い数値を指していた。それも現時点でだ。
反応値をあげればそれだけ機体の追従性は上がる。しかし、普通のレイヴン――Bランク程度――は反応値設定は低めに設定する。
それは機体の反応値に自身がついて行けないからだ。用は機体に振りまわされるのだ。
「……彼が接近戦が得意なのがわかった気がするわ」
香里自身、反応値設定が低いわけではない。むしろ高め――鋭め――に設定してある。その香里を持って驚かせるほどの反応値の高さだ。
それが接近戦で武器にならないわけはない。接近戦ではちょっとした反応値の違いが大きな差になるのだ。
「全体反応値に+0.2……こんな反応値でACを動かせるなんて、ちょっとした化け物ね」
設定された反応値は平均+2.3、普通では考えられない数値だ。
「香里、大事な話しがあるんだけど、ちょっと良いかな?」
突然外から名雪の声が響いた。
「別に良いわよ。ちょっと待って、すぐに行くわ」
コンソールを操作し、手早く更新した設定を保存していく。
「よし、OKね」
ACの始動キーを抜き、ACの火を完全に落とす。
最後にコックピットハッチをロックして、香里は名雪のほうへ向かった。
「これを」
秋子さんが差し出したのは一通の封筒。宛名は相沢祐一様になっている。
その封筒を見た瞬間、祐一の表情が一瞬変化した。すぐに元の表情に戻ったが、その一瞬の変化を秋子は見逃さなかった。
しかし、何事もなかったかのように言葉を続けた。
「相手の名前が書かれていなかったので悪いと思ったのですが、念のため開けさせていただきました。すいません」
「いえ、それは別に構いませんが……それで中身のほうは?」
「もちろん中身は一切見ていません。一応危険がないかのチェックだけですから」
一つは本当、一つは嘘。
「そうですか……ちょっと失礼します」
「ええ、どうぞ」
一言秋子に断って、祐一は封筒の中身――手紙――に目を落とした。
〜つづく〜